トゥルク (Turku)
1229年にローマ教皇がこの地に司教座をおいたことから町が築かれたとされる、フィンランド最古の町である. すぐにフィンランドで最も重要な都市となり、数百年間はその地位が維持された. フィンランドの首都であり、主要なハンザ同盟都市であった. 1809年のフレデリクスハムンの和約によってフィンランドがスウェーデンからロシア帝国に割譲され、1819年にフィンランド大公国が成立すると、その首都はヘルシンキに置かれたが、1840年代末まではトゥルクがフィンランドでもっとも人口の多い都市であり続けた. 今日でもこの地域の商業と文化の中心地である.
はフィンランド有数の商港・フェリー港であり、年間300万人以上の旅客がトゥルク港からスウェーデンのストックホルムやオーランド諸島のマリエハムンに旅行している. トゥルクの長い歴史はフィンランドの歴史に大きな影響を与えている. 1996年には公式にフィンランドのクリスマス都市として宣言された. 2011年にはエストニアの首都タリンとともに欧州文化首都に選定された.
2021年末時点の自治体人口は195,301人であり 、フィンランドで6番目の規模である(参考). の人口は337,774人であり、、タンペレ都市圏に次いでフィンランドで3番目の規模である(参考). バルト海に面した港湾都市であるため、歴史的にスウェーデンとのつながりが強い. トゥルクは公的にバイリンガル都市であり、人口の5.2%はスウェーデン語を母語としている.
地図 - トゥルク (Turku)
地図
国 - フィンランド
フィンランドの国旗 |
国体の変化が激しい歴史を持つ国家であり、王制から共和制へ変換された国々の一国として知られている. ロシア帝国が第二次ロシア・スウェーデン戦争後にフィンランドを併合してフィンランド大公国にした1809年まで、スウェーデン王国に属していた. 後に、ロシア帝国がロシア革命で崩壊したことで1917年に独立を果たした. 独立後、フィンランドでは4つの戦争が行われた. 1918年のフィンランド内戦、ロシア革命で成立したソビエト連邦との冬戦争(1939年~1940年)、第二次世界大戦(独ソ戦)に伴うソ連との継続戦争(1941年~1944年)とソ連との講和後のナチス・ドイツとのラップランド戦争(1944年~1945年)である. それぞれの戦争において、共和国の軍隊は、軍の最高司令官であるマンネルへイム元帥によって率いられた. 冬戦争と継続戦争により幾らかの土地をソ連に奪われるも、ソ連に併合されたバルト三国と異なり独立を維持した.
通貨 / 言語
ISO | 通貨 | シンボル | 有効数字 |
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EUR | ユーロ (Euro) | € | 2 |